略解 FM音源の「反転歪み」

導入

自作のソフトウェアFM音源を作りたくなったので、色々Webブラウジングしていたら、「YAMAHA DX7/V50/SY99 FM音源講座」という、FM音源での音色の作り方について詳しく説明しているサイトに行き着いた。波形やスペクトラムの図とともに詳しく説明されていてとても有難い。
しかし、ちょっと気になる記述があった。

DX7も純粋な周波数変調だけでは、たいして素晴らしいものではありません。
そこでヤマハのエンジニアが考え出したのは、オペレーターの入力に許容値の数倍の出力を与え、新たな歪みを作り出す事です。
つまり、オーバーロードさせて歪ませるのです。
この機能により、ヤマハ製のFM音源は、「クロスモジュレーション」では成し得ない、飛躍的な波形生成の性能を得る事が出来たのです。

http://fmdx7.music.coocan.jp/dx03/dx03.html

そんな機能があるとは知らなかった。とても驚いた。ヤマハのFMは、純粋なFMじゃないのか? ひょっとして、マトモなFM音源を作ろうとしたら、その「反転歪み」とかいう機能を付けなければいけないのだろうか。
しかし、よく考えてみるとこの「反転歪み」というのは誤解で、(何を以て純粋な周波数変調としているのか分からないけれども)周波数変調の仕組みから「反転歪み」現象を理解できることが分かった。ここに図と説明を書いておこうと思う。

解説

キャリアーだけの波形

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このグラフは、FM音源講座のPart3-基礎知識にあるものとだいたい同じものだ。キャリアーに変調が繋がっていない状態で、左のグラフは横軸に時間、縦軸に位相をとったもの。右側のグラフは横軸に時間、縦軸に変位をとったもの。要は、左のグラフが再生中のサインカーブの再生位置で、右が波形だと思えばいい。
グラフには目印として矢印が描いてある。左のグラフで位相が90°のところで、右側のグラフの変位は最大の1になり、位相が270°で、変位は最小の−1になる。

キャリアーの周波数を下げる

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次にキャリアーの周波数を下げたとき、つまり、波形をゆっくり再生している時のグラフ。左のグラフの勾配が緩やかになって、矢印と矢印の間隔が広がっているのがわかる。

キャリアーとモジュレーター

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今度は、キャリアーの周波数を元に戻して、キャリアーと同じ周波数の変調を掛けてみたときのグラフ。これもFM音源講座に載っていた「キャリアとモジュレーターの比率が1.00 : 1.00」のグラフと同じ。

キャリアーの周波数を0にする

「反転歪み」の説明をするためにコラム7と同様にキャリアーの周波数を0にする。するとグラフはこうなる。
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キャリアーの周波数は0なのに、右側のグラフにはサインカーブのような波形が出てきている。これはどういうことだろう? モジュレーターの波形がそのまま出てきている、というわけではない。モジュレーターの波形は左側のグラフに出ているものだ。
グラフをみると、こういうふうに考えることができる。「途中まで再生した後、一旦止まり、波形を逆再生して、また止まり、再生する」。キャリアーの周波数が0のところに周波数変調を掛けると、こんな現象が起きるわけだ。位相が0°のところで行ったり来たりをしているから、出力波形はサインカーブのようになっている。

「反転歪み」の発生

このままモジュレーターの出力を大きくすれば、出力波形の振幅は大きくなっていくだろうか? そうはならない。
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矢印の所に注目してほしい。モジュレーターの振幅が大きくなって位相の変化が大きくなると、位相が90°の線、270°の線を超えてしまう。すると、波形はサインカーブの山・谷を超えてしまう。そのために、右側のグラフの波形には折り返しが現れる。これが「反転歪み」の正体だ。ここには何も歪みはない。クリップされているわけではなくて、単純に、周波数変調の仕組みがこうなっているからこういう波形が出てくるだけなのだ。
これが分かれば、さらにモジュレーターの出力を大きくした時に何が起きるのかも分かる。
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このように「反転」を繰り返した波形になる。

まとめ

FM音源講座の「反転歪み」の説明は間違いだったが、別にこの説明が間違っていようがFMの音色を作るのに支障はないかもしれない。繰り返しになるけど、FM音源講座はとても丁寧に説明されていて、FM音源のパッチを作ろうという人に大いに参考になると思う。

FM音源を作ろうとしている自分は、この「反転歪み」の仕組みが分かってほっとしている。