オープンソース概念の無意識な風化への抵抗

このツイートが目に触れた。これは問題だ。

リプライにぶら下がっているリンクから、<利用ガイドライン>に飛ぶことができた。

本日より放送開始30周年となる2028年7月6日までの間において、以下の「利用ガイドライン」と「利用規約」の両方に同意いただくことを条件に、日本国内に居住されている個人の方に限り、アニメーション作品「serial experiments lain」(以下「本作品」といいます)の二次創作の利用を商用・非商用にかかわらず無償で許諾します。監修を受ける必要もありません。

また、個人の集合体となるファン・コミュニティによるOpen Source Projectであれば法人格を有しない限り、同様に許諾します。

www.nbcuni.co.jp

Open Source という言葉は、1998年に生まれた。パーソナル・コンピュータが大衆化し、人々の相互接続性が次第に高まっていく、そういう時代だ。奇しくも、あるいは必然か、serial experiments lainが発生した年でもある。(私はそれが存在することを知っているが、触れたことはない。)

Open Source は、概念だ。概念はとらえどころのない存在だが、言葉で定義されることで、社会全体に客観的に理解できる、確固としたものとなる。Open Sourceは、Open Source Initiative によって定義されていて、次のページで定義を見ることができる。

opensource.org

日本語で読みたい人は、次の八田真行訳を読んでもいい。

opensource.jp

第5条には、こういう定義がある。

  1. No Discrimination Against Persons or Groups The license must not discriminate against any person or group of persons.

  2. 個人やグループに対する差別の禁止 ライセンスは特定の個人やグループを差別してはなりません。

ライセンスに「法人格を有しない」という条件を課すことは、当然、差別にあたる。これは、私には(おそらく、他のオープンソースソフトウェア・コミュニティーの人間にとっても)明らかにOpen Sourceとは認められない。

オープンソースとは、個人の集合体という意味ではない。個人であろうと、法人であろうと、差別されず参加できる、そういう仕組みを実現するための言葉なのだ。

だいたい、「法人格を有しない」という条件があるのであれば、法人格を有するいちから株式会社の運営するバーチャル配信者グループ「にじさんじ」に所属する、月ノ美兎は、どうなるのだ。月ノ美兎は、個人なのか、法人なのか?

考えれば、法人という概念自体が、組織をバーチャルな人間とみた概念とも言えるだろう。とらえどころのない組織に対してインターフェースとして与えられた、法的にバーチャルな人間、それが法人だ。月ノ美兎自体は、いちからではなく、いちからの運営するにじさんじに所属するバーチャルライバーではあるし、月ノ美兎は、個人であるように見える。しかし、月ノ美兎の活動は © Ichikara Inc. の付く、いちからの知的財産でもあり、月ノ美兎の、月ノ美兎としての活動は、いちからの活動ということにもなるはずだ。

いったい、この状況で、月ノ美兎は岩倉玲音の凸を受けることができるだろうか? いや、そもそも、Open Source の考えは、そんなことで悩ませたりせず、自由な参加を促すためのものだったんじゃないのか?(これはただの私見だし、私は悩むのが好きだけれども)

Open Source 文化は、日本の同人文化やネット文化と似た面もあるが、本質的に異文化だ。おそらく、日本の同人文化が個人と法人の区別による黙認で二次創作を正当化してきた一方、Open Source 文化は明示的なライセンスによる許諾で二次創作を正当化してきたという文化的背景が、利用ガイドラインに無意識に反映されてしまっているのだろう。しかし、自分が Open Source だと言葉にするなら、Open Source 文化を正しく理解するとまでは言わずとも、少しはOpen Source 文化に触れてみてほしい。社会では色々な属性の人間やグループが、それぞれの意思と目的をもって活動しているが、それにも関わらず、Open Source文化では協同することができる。たとえ競合関係にある企業同士でさえ、その経済的原理から Open Source License のもとで協同することができる。(わたしはこういう、ドライで感情を伴わない状態から、原理に従って協力構造が生まれるという構図が、とても好きだ。)Open Source は、そうしてできあがった営みを指している。

lain は真に Open Source となることを願うだろうか。