プログラムを哲学する 2. 「概念記法」

以前、言語の完全性について言及した。今回は引き続き、言語の完全性について考える。

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フレーゲの「概念記法」

フレーゲは未定義の式の存在を「言語の不完全性」(einer Unvollkommenheit der Sprache)とみなしていた。論理学者のフレーゲにとって、表現の「意味」(Bedeutung; その記号があらわしている事物。表記対象 denotation や言及対象 referent に相当すると考えられる)が確定していることは重要なことであった。表現の「意味」は、ちょうど1つでなければならず、それより多くても、少なくてもいけない。*1そのような多義的ないし無意味な表現は論理的誤謬のもととなるので、学問から排除するべきだと考えた。

フレーゲの提案した「約定」(Festsetzung)とは、そのような「言語の不完全性」を排し、言語を完全化する方法である。ある表現に「意味」が複数考えられる場合や「意味」が考えられない場合には「約定」を行うことで、あらゆる文法的に正しい表現の「意味」をただひとつに定める。簡単に言えば、「意味」がないなら(「意味」が多いなら)、「意味」を決めてやればいいというようなことだ。

数学では「√」という記号は正の平方根を表すと決めることによって、「 \sqrt{4}」が 2だけを表すとし、 {-2}をも同時に表すことを退けているが、これも一種の「約定」だと言える。「言語の不完全性」を「約定」により避け、あらゆる表現の「意味」をただひとつに確定した「論理的に完全な言語」(einer logisch vollkommenen Sprache)をフレーゲは構想し、それを「概念記法」(Begriffsschrift)と呼んだ。フレーゲは、「言語の完全性」を達成するために、「概念記法」に次の要求を行った。

論理的に完全な言語(概念記法(Begriffsschrift))に対しては、すでに導入された記号から文法的に正しい方法によって固有名として構成された表現はすべて、実際上ある対象を表示することと、いかなる記号もそれに対する意味が保証されることなしに新たに固有名として導入されることはないという二つのことが求められている。[1]

ここで挙げられている要求は、おおむね〈構成性〉と〈原子確定性〉に相当する。(これらの用語は以前 Referential Transparencyの代わりに使える概念案 - Ryusei’s Notes (a.k.a. M59のブログ) で導入したものだ。)「概念記法」を規定する「約定」すべてに〈構成性〉と〈原子確定性〉を要求することで、「概念記法」全体の「論理的な完全性」=〈確定性〉を実現できる。*2

フレーゲの「約定」は表現の「意味」を唯一に定めることに主眼があるため、個々の「約定」に論理上の根拠は存在しない。むしろ、論理上の根拠が与えられないからこそ、約定によって表現の意味を決めるというのだろう。「約定」に論理上の根拠がなくとも、その「約定」が〈構成性〉と〈原子確定性〉を満たす形で行われるのであれば、どう「約定」しようとも「概念記法」全体の〈確定性〉は保証され、矛盾が生じることはなく、論理上は問題がない。

例えば、フレーゲ解析学の記号の「不完全性」を示す例として発散級数(収束値を持たない級数)を挙げ、発散級数はは数0を表すと「約定」することによって、この「不完全性」を排除することに言及している。この数0による「約定」はあくまでも例で、根拠があると言えないが、〈構成性〉と〈原子確定性〉を満たすどのような「約定」を行っても、矛盾が生じることはない。

出典

[1] フレーゲ, ゴットロープ (1986) 「意義と意味について Über Sinn und Bedeutung」(土屋 俊 訳), 坂本百大 編『現代哲学基本論文集』 1, p. 26, 勁草書房.
ドイツ語の表現はGottlob Frege. Über Sinn und Bedeutungから適宜引用

*1:フレーゲは命題文の「意味」とは真理値だと考えたから、命題文の「意味」は必ず真か偽かのどちらか一方だということでもある。

*2:追記:厳密には、原子式の意味が決定されるためには原子式の文脈が決定される必要があるため、〈文脈確定性〉も要る。