形骸化について

※ 本文はChatGPTを使って生成した草稿をもとにしているが、問題設定・修正方針は筆者が与えた。この記事は完成した理論ではなく、形骸化を記号システムの設計問題として捉えるための作業仮説である。

制度やシステムには、よく「形だけになる」瞬間がある。

セキュリティ研修を受けたが、行動は変わっていない。 アクセシビリティ基準は満たしているが、実際には使いにくい。 研究評価のための指標が、研究そのものより重視される。 漢字テストで、本来は許容されるはずの字形が、模範字形と違うという理由で減点される。 SNSでは、有害投稿を減らすためのモデレーションが、正当な投稿まで削除する。 行政の支援制度では、本来支援対象である人が、必要書類を揃えられずに排除される。

こうしたものは、まとめて「形骸化」と呼べそうに見える。ただ、形骸化という言葉はかなり雑に使われる。「本質を見失っている」「形だけになっている」「現場が真面目にやっていない」といった道徳的な批判になりやすい。

しかし、形骸化は単なる不真面目の問題ではない。むしろ現場が合理的にリスクを避け、評価される形式に合わせ、説明可能な証拠を残そうとすることで生じる場合が多い。

つまり、形骸化は精神論ではなく、設計の問題として扱える。

この記事では、形骸化を「記号化」と「損失」、そして「記号システムの振る舞い」の問題として捉え直す。

現実、規範システム、記号システム

まず、三つのものを分けて考える。

X = 現実の対象・状況・行為の空間
N = 上位規範システム
Σ = 下位実務で使われる記号システム

X は、制度やシステムが扱おうとしている現実そのものだ。

たとえば、次のようなものが X に含まれる。

取調べ状況
手書き漢字
実際のアクセシビリティ利用状況
研究活動
行政支援を必要とする生活状況
SNS投稿とその文脈
医療判断の状況

N は、その現実に対して、どの操作が許され、禁止され、義務づけられ、どんな手続きや救済が必要かを定める上位規範システムである。

自己負罪を強制されない権利
公平に採点する
誰もが実際に使えるようにする
有害投稿を減らしつつ正当表現を守る
必要な人に支援を届ける
研究の質を評価する

N はデータではない。X の属性でもない。N は、現実に対してどのような規範的振る舞いが要求されるかを与える文脈である。

Σ は、下位実務が実際に扱う記号システムである。

供述調書
採点対象の字形
アクセシビリティ基準への適合結果
論文数・被引用数・JIF
申請書類
違反カテゴリ・分類スコア
警告メッセージ

正確には、記号システム Σ は、記号表現の集合だけではない。記号がどのように読まれ、どの操作を可能にし、どんな証跡を残し、どんな手続きや復元経路を持つかまで含む。

記号表現の空間を、次のように書く。

Rep_Σ = Σ における記号表現の空間

制度やシステムは、現実 x ∈ X をそのまま扱えない。そこで、記号システム Σ における表現へ変換する。

encode_Σ : X → Rep_Σ
s = encode_Σ(x)

この encode_Σ によって、現実は採点できるもの、審査できるもの、記録できるもの、検索できるもの、監査できるもの、自動処理できるものになる。

記号化は必要である。記号化しなければ、制度は動かない。

しかし、記号化はほとんどの場合、不可逆である。

decode_Σ(encode_Σ(x)) ≠ x

つまり、記号システム Σ における復元・解釈 decode_Σ を使っても、記号表現から元の現実を完全には復元できない。

ここで失われるものがある。文脈、条件、揺れ、例外、背景、理解、心理的圧力、当事者の困難、沈黙、時間的経緯、判断の不確実性。

この損失は、下流の判断主体から直接見えるものではない。見えるなら、それは損失ではなく、単に追加情報として保持されているだけである。

だから、損失は判断関数の入力ではなく、理論側から見た「失われたもの」として扱う必要がある。

L_Σ(x) = encode_Σ によって下流から見えなくなった差異・文脈・条件

意味論は、真偽値やスコアではなく振る舞いとして考える

ここで注意したいのは、記号システムの意味論を、単なる Bool への関数として考えないことだ。

記号システムの意味は、単に真偽値やスコアを返すことではない。その記号が制度内でどのような観測、操作、遷移、証跡、ガード、復元経路、不確実性を持つかという、より広い振る舞いとして考えたほうがよい。

記号システム Σ の意味論を、次のように置く。

⟦-⟧_Σ : Rep_Σ → B_Σ

ここで B_Σ は、記号システム側の振る舞いの空間である。

たとえば、⟦s⟧_Σ は次のようなものを含む。

観測可能な情報
可能な操作
操作による状態遷移
証跡・由来
不確実性・信頼度
元文脈へ戻る経路
操作前に必要な手続き的ガード

つまり、記号 s の意味は、「それが何を表すか」だけではなく、「それが制度内でどう振る舞うか」にある。

同様に、規範システム N の意味論も、単なる許可/拒否の判定関数ではない。

⟦-⟧_N : X → B_N

ここで B_N は、規範側の振る舞いの空間である。

たとえば、⟦x⟧_N は次のようなものを含む。

許可される操作
禁止される操作
義務づけられる操作
操作前に必要な手続き
誤操作時の救済
操作の望ましさ・危険度・優先度
操作後の規範状態の変化

このように見ると、記号システムと規範システムは、それぞれ別の意味論を持つ。

⟦encode_Σ(x)⟧_Σ = 記号システム側の振る舞い
⟦x⟧_N = 規範システム側の振る舞い

形骸化を考えるには、この二つの振る舞いがどれだけ対応しているかを見る必要がある。

その対応を、次のように書く。

κ_{Σ,N} : B_Σ → Approx(B_N)

これは、記号システム Σ の振る舞いを、規範システム N の振る舞いにどの程度対応づけられるかを表す。

写像ではなく、関係として考えてもよい。

R_{Σ,N} ⊆ B_Σ × B_N

重要なのは、⟦encode_Σ(x)⟧_Σ が、⟦x⟧_N を十分に保存・近似・補償しているかである。

κ_{Σ,N}(⟦encode_Σ(x)⟧_Σ) ≈ ⟦x⟧_N

この対応が壊れているのに、記号システム側の振る舞いだけで操作を進めると、形骸化が起きる。

形骸化の定義

このモデルでは、形骸化を次のように定義できる。

形骸化とは、記号システム Σ の振る舞い ⟦encode_Σ(x)⟧_Σ が、上位規範システム N のもとで必要な規範的振る舞い ⟦x⟧_N を十分に保存・近似・補償していないにもかかわらず、Σ 側の振る舞いだけに基づいて下流操作を実行することである。

短く言えば、こうなる。

形骸化とは、記号システムが上位規範に必要な振る舞いを支えきれていないのに、その記号システムだけで操作を進めることである。

さらに圧縮すれば、こうも言える。

形骸化 = normative behavior を保存しない symbolic behavior による操作

ただし、これは別に「記号システムが悪い」という話ではない。記号システムは必要である。制度は現実をそのまま扱えない。

問題は、記号システムの粗さに対して、下流の操作が強すぎる場合である。参考情報として使うには十分な記号でも、拒否・減点・停止・証拠化の根拠にするには足りないことがある。

だから問うべきなのは、「この記号システムは正しいか」ではなく、「この記号システムで、この操作をしてよいか」である。

2値判断とスコアリング

形骸化は、accept/reject の2値判断だけで起こるわけではない。

実際の社会では、多くの場合、スコアリングが行われる。

信用スコア
リスクスコア
採用スコア
研究評価スコア
違反確率
優先度
重要度
予測損失

そして、そのスコアに閾値を設けたり、何らかの目的関数を最大化・最小化したりする。

この場合も、モデルは同じである。

規範側の評価を、意味論への問い合わせとして書く。

V^N_op(x) = value(op, ⟦x⟧_N)

記号系側の評価を、次のように書く。

V^Σ_op(s) = score(op, ⟦s⟧_Σ)

下位実務では、現実 x ではなく、記号表現 s = encode_Σ(x) を見るので、実際には次が使われる。

V^Σ_op(encode_Σ(x))

このとき形骸化は、次のズレとして表せる。

V^Σ_op(encode_Σ(x)) ≠ V^N_op(x)

2値判断は、このスコアリングモデルの特殊ケースである。

たとえば、閾値 τ を設けて、

C^Σ_op(s) = [ V^Σ_op(s) ≥ τ ]

のようにすれば、スコアから accept / reject が導かれる。

このモデルでは、問題は単に「誤って受け入れる」「誤って拒否する」だけではない。次のような歪みも扱える。

スコアの順位が歪む
閾値付近の境界事例が不安定になる
本来は小さな差が、操作上は大きな差になる
損失関数が、制度側の損失だけを最小化する
測りやすい要素だけがスコアに反映される
スコアが高くなるように対象側が自己整形する

たとえば、採用スコアでは、実際の職務適性 V^N_op(x) ではなく、履歴書上のキーワードや経歴パターンから計算される V^Σ_op(encode_Σ(x)) が使われる。ここでは、非定型な経験、潜在能力、チームとの相性、過去の環境差などが失われる。

モデレーションでは、投稿の実際の文脈における有害性 V^N_op(x) ではなく、危険語や分類モデルによる違反確率 V^Σ_op(encode_Σ(x)) が使われる。閾値を少し変えるだけで、正当な投稿が大量に削除されたり、有害投稿が残ったりする。

研究評価では、研究の実質的貢献 V^N_op(x) ではなく、論文数や引用数などから作られた V^Σ_op(encode_Σ(x)) が使われる。すると、スコアに乗る活動が増え、スコアに乗りにくい活動は痩せていく。

このようなスコアリングも、記号システムの振る舞いの一部として扱える。

逆像と損失

encode_Σ : X → Rep_Σ は、多くの場合、単射ではない。

x ≠ y でも encode_Σ(x) = encode_Σ(y)

つまり、違う現実が同じ記号表現に潰れる。

このとき、encode_ΣX 上に同値関係を作る。

x ~_Σ y  ⇔  encode_Σ(x) = encode_Σ(y)

同じ s に写る現実たちは、記号システム Σ からは区別できない。

各記号表現 s について、その逆像を考える。

F_s = encode_Σ^{-1}(s)

これは、同じ記号 s に潰れた現実の集合である。

問題は、同じ s に潰れた現実たちが、規範システム N のもとでは違う振る舞いを要求される場合である。

encode_Σ(x) = encode_Σ(y)
but
⟦x⟧_N と ⟦y⟧_N が異なる

このとき、Σ はその違いを失っている。

これは、操作依存・規範依存の損失である。

Loss is relative to (N, op)

同じ損失でも、ある操作では問題にならないが、別の操作では致命的になる。

例を挙げる。

模範字形との差分
→ 漢字練習の参考には使える
→ 不正解判定には危険

AI分類スコア
→ 優先レビューには使える
→ アカウント停止には危険

JIF
→ 雑誌の大まかな影響を見るには使える
→ 研究者の採用判断には危険

だから重要なのは、

Σ が悪い

ではなく、

その Σ で、その op をしてよいのか

である。

類型1: 代理指標化

代理指標化は、もっとも分かりやすい形骸化である。

X = 研究活動
N = 研究の質を評価する規範システム
Σ = 論文数・被引用数・JIFによる評価システム
op = 採用・昇進・助成採択

記号化によって失われるものは多い。

長期的貢献
再現性
教育
共同研究
ソフトウェア
失敗知
分野差
研究文化への貢献

規範側の振る舞いでは、研究の実質的貢献や文脈が重要になる。

⟦x⟧_N = 研究の実質的貢献、再現性、長期的価値、教育的貢献など

記号システム側の振る舞いでは、指標が中心になる。

⟦encode_Σ(x)⟧_Σ = 論文数、引用数、JIF、ランキング上の位置

形骸化は、次の短絡として現れる。

指標が高い = 良い研究

指標は完全に無意味ではない。むしろ、部分的には有意味である。だから危険である。部分的に正しい記号が、全体を代表する顔をし始める。

類型2: 最低基準の十分条件化

アクセシビリティの例を考える。

X = 実際の利用状況・設計・利用者の身体条件
N = 誰もが実際に使えるようにする規範システム
Σ = アクセシビリティ基準への適合を扱う記号システム
op = アクセシブルと認定する

規範側の振る舞いは、実際の利用可能性、疲労、認知負荷、障害種別ごとの差を含む。

⟦x⟧_N = 実利用可能性、独立利用可能性、負荷、文脈依存の困難

記号システム側の振る舞いは、基準適合、チェック項目、監査証跡を含む。

⟦encode_Σ(x)⟧_Σ = 基準適合、チェック項目、合格/不合格、監査証跡

失われるものは、たとえば次のようなものだ。

実利用上の困難
疲労
認知負荷
障害種別ごとの差
支援なしで使えるか
代替経路の質
状況依存の困難

形骸化は、次の短絡として現れる。

基準を満たした = 実際に使える

ここで起きているのは、基準が厳しすぎることではない。むしろ、基準は本来最低条件に近い。それが十分条件のように扱われる。

minimum condition ≠ sufficient condition

最低基準は床であって、天井ではない。ところが実務では、「基準を満たしたから完了」と扱われる。これを 床の天井化 と呼べる。

類型3: 許容集合の代表元化

漢字字形の例を考える。

X = 実際の手書き字形
N = 同一漢字として許容できるものは正解にする規範システム
Σ = 模範字形との差分・採点表現を扱う記号システム
op = 正解/不正解の判定

規範側の振る舞いでは、字体と字形の違い、手書きと印刷文字の違い、許容される揺れが重要になる。

⟦x⟧_N = 同一漢字としての許容可能性、字体/字形の区別、教育上の妥当性

記号システム側の振る舞いでは、模範字形との差、採点者が安全とみなす形、減点リスクが中心になる。

⟦encode_Σ(x)⟧_Σ = 模範字形との差、採点上の安全性、減点可能性

下流の採点では、次の差異が失われやすい。

許容される字形差
字体と字形の区別
手書きと印刷文字の違い
採点者間の判断揺れ
教育上の段階差

形骸化は、次の短絡として現れる。

模範字形と違う = 不正解

本来は、同一漢字として許容できない場合だけ不正解にするべきである。しかし、採点リスクを避けるために、安全な代表字形だけが実質的な正解になっていく。

許容集合 A
→ 安全集合 S_safe

S_safe ⊂ A

類型4: 証拠短絡

ミランダ警告の例を考える。

X = 供述が生じた取調べ状況
N = 自己負罪を強制されない権利を守る規範システム
Σ₀ = 供述記録・署名・調書だけを扱う記号システム
op = 供述を証拠として使う

この例では、供述記録そのものよりも、供述が生じた状況から何が抜け落ちるかが重要になる。

規範側の振る舞いは、権利理解、任意性、弁護士アクセス可能性、心理的圧力を含む。

⟦x⟧_N = 権利理解、任意性、弁護士権、心理的圧力、場の非対称性

記号システム Σ₀ 側の振る舞いは、供述内容、署名、日時、調書、記録形式を含む。

⟦encode_{Σ₀}(x)⟧_{Σ₀} = 供述内容、署名、日時、調書、記録形式

ここでは、次のようなものが失われる。

心理的圧力
権利理解
弁護士へのアクセス可能性
黙秘できると理解していたか
任意性
場の非対称性

形骸化は、次の短絡として現れる。

供述がある = 任意に話した
署名がある = 理解して同意した

これは、証拠の外形が、操作の正当条件を十分に示しているかのように扱われる問題である。

ミランダ警告は、この損失を補償する手続き的ガードになる。

Σ₊ = 供述記録
   + 権利告知
   + 理解確認
   + waiver
   + 弁護士権に関する記録

つまり、記号システムを Σ₀ から Σ₊ に拡張することで、

κ_{Σ₊,N}(⟦encode_{Σ₊}(x)⟧_{Σ₊})

⟦x⟧_N

に近づける。

ミランダ警告は、単なる親切な説明ではない。上位権利を下位手続きで形骸化させないための記号システムの拡張である。

類型5: リスク非対称による過剰拒否

金融 de-risking、コンテンツモデレーション、AIの過剰拒否には共通した構造がある。

X = 顧客・投稿・質問・商品
N = リスクを管理しつつ正当な対象を扱う規範システム
Σ = リスクカテゴリ・分類スコア・危険語を扱う記号システム
op = 拒否・削除・停止・追加審査

記号化によって失われるものは、たとえば次のようなものだ。

個別事情
文脈
合法性
正当性
低リスク要素
境界事例
当事者の説明可能性

形骸化は、次の短絡として現れる。

危険そう = 拒否

ここでは、損失だけでなく、誤判定コストの非対称性が重要になる。

Cost(false accept) >> Cost(false reject)

危険なものを通してしまった場合のコストは、制度や企業にとって大きく見える。一方で、本来許容されるものを拒否した場合のコストは、利用者や事業者に押し出されやすい。

その結果、判断主体は安全側へ倒れる。

怪しいなら拒否
危なそうなら削除
問題になりそうなら扱わない

安全のための判断が、排除の仕組みに変わる。

類型6: 警告過多

alert fatigue の例を考える。

X = 危険事象
N = 安全を確保する規範システム
Σ = 警告システム
op = 人間の注意を割り込ませる

警告は、危険を知らせるための記号である。しかし、警告は単に表示されるだけではない。人間の注意資源を消費する。

警告を出しすぎると、次のものが失われる。

警告の信頼性
注意資源
重要警告への反応性
通常業務の集中

形骸化は、次の短絡として現れる。

警告を出した = 安全対策をした

しかし、警告が多すぎると注意予算を超える。

alerts > attention_budget

すると警告は機能しなくなる。安全のための記号が、安全を壊す。

これは、単に「情報を増やせばよい」という発想の限界でもある。

類型7: 証明負担化

行政手続きの例を考える。

X = 支援対象である生活状況
N = 必要な人に支援を届ける規範システム
Σ = 申請書類・証明書・本人確認・期限内提出を扱う記号システム
op = 給付・拒否・審査通過

記号化によって失われるものは、たとえば次のようなものだ。

制度を知る能力の差
書類収集能力
言語能力
心理的負担
デジタルアクセス
支援が必要だからこそ申請が難しい事情

形骸化は、次の短絡として現れる。

支援対象である = 所定形式で支援対象であることを証明できる

しかし、支援を受ける資格があることと、それを制度が要求する形式で証明できることは違う。

eligibility ≠ provability_by_required_form

ここでは、支援のための制度が、支援を必要とする人に対して証明負担を押し付ける。制度は存在するのに、制度へアクセスできない。

対策1: 記号システムを豊かにする

一つ目の対策は、記号システム Σ を拡張することだ。

Σ → Σ⁺

例を挙げる。

供述記録
→ 供述記録 + 権利告知 + waiver確認

AI要約
→ 要約 + 原文リンク + 信頼度 + 省略箇所

採点基準
→ 採点基準 + 許容字形DB + 境界事例

モデレーション判定
→ 判定結果 + 理由 + 自動判定か人手か + 信頼度

Σ を豊かにすることで、記号システム側の振る舞いを、規範システム側の振る舞いに近づける。

ただし、Σ⁺ もまた記号システムである。損失が完全に消えるわけではない。

対策2: 粗い記号システムでは強い操作を許さない

これが最も重要な原則である。

OperationStrength(op) ≤ Fidelity(Σ) + Strength(guard)

言い換えると、次のようになる。

強い操作には、低損失な記号システムか、強い手続き的ガードが必要である。

例を挙げる。

低信頼AI分類 → アカウント停止不可
模範字形との差分 → 重大減点不可
JIFだけ → 採用判断不可
チェックリスト適合だけ → 安全認定不可
署名だけ → 実質的同意とみなさない

記号システムが粗いなら、できる操作も弱くすべきである。

対策3: レビュー・異議申し立て・文脈復元を入れる

同じ記号表現に、操作してよい現実と、してはいけない現実が混ざっている場合、記号システムだけでは判断できない。

その場合に必要なのは、レビュー、異議申し立て、追加情報、文脈復元である。

reject(s)
→ appeal(context(x))
→ reconsider

異議申し立てとは、単なるクレーム処理ではない。圧縮された記号から、失われた文脈を再展開する制度である。

対策4: 誤判定を監査する

形骸化は、個別の判断では見えにくい。だから、統計的・運用的に監査する必要がある。

false reject rate
false satisfaction rate
appeal success rate
inter-rater reliability
alert override rate
drop-off rate

例を挙げる。

漢字採点 → 採点者間一致率
モデレーション → 誤削除率・appeal成功率
行政手続き → 申請途中離脱率
アクセシビリティ → 実利用タスク完了率
医療警告 → override率・有効警告率

基準を満たした件数だけではなく、記号システム側の振る舞いと規範システム側の振る舞いがどれだけズレているかを見る必要がある。

対策5: 誤判定コストの偏りを補正する

判断主体が false accept ばかり恐れると、false reject が増える。

危険な投稿を残すこと、違法取引を通すこと、有害回答を返すことは、制度側にとって大きなリスクに見える。一方で、正当な投稿を削除すること、合法な事業者を排除すること、無害な質問を拒否することのコストは、利用者側に押し出されやすい。

だから、拒否された側の損失も制度側で見る必要がある。

金融 → 正当な顧客の排除率
AI安全 → 無害質問の拒否率
モデレーション → 正当投稿の削除率
行政 → 支援対象者の未申請・未受給率

安全側に倒すことの害も測らなければならない。

対策6: 代表例ではなく許容集合を示す

模範例は必要である。しかし、模範例だけを提示すると、それが唯一の正解になる。

だから、代表例だけでなく、許容集合と境界例を示す必要がある。

代表例 + 許容集合 + 境界例

これは漢字字形だけでなく、英作文、デザインガイドライン、AI安全、ブランド表現、アクセシビリティにも使える。

AI安全でも、単に「それには答えられません」と拒否するだけでは、利用者は拒否されない言い方を探し始める。拒否例だけでなく、許容される問い方・扱える範囲・安全に議論できる条件を示す必要がある。

対策7: 最低基準を最低基準として表示する

最低基準は、最低基準として扱わなければならない。

この基準は必要条件に近いが、十分条件ではない

アクセシビリティ、建築、安全、品質、セキュリティでは、最低基準が到達目標になりやすい。基準文書には、それが十分条件ではないことを明示し、実利用評価を別系統で設けるべきである。

分野間で対策を転移する

このモデルの利点は、ある分野で見つかった対策を、別の分野へ転移できることにある。ただし、転移すべきなのは表面的な制度ではない。転移するのは、「記号化による損失をどう補償するか」という設計パターンである。

コンテンツモデレーションへ、医療診断の発想を転移する

投稿削除は、医療診断に似ている。違反投稿を検出することは、病変を見つけることに似ている。誤って残すことも危険だが、誤って削除することも危険である。

したがって、削除件数だけでなく、誤削除率、見逃し率、カテゴリ別 precision / recall、appeal 成功率を見る必要がある。

AI安全へ、alert fatigue の発想を転移する

拒否を増やせば安全になるわけではない。過剰な拒否は、利用者に「何が危険か」ではなく「どう言えば拒否されないか」を学習させる。

AI安全に必要なのは、拒否の量ではなく拒否の精度である。軽いリスクには軽い注意を返し、重大で確度の高いリスクだけを強く止める。

行政手続きへ、アクセシビリティの発想を転移する

制度があることと、利用できることは違う。申請フォームがあることと、申請できることも違う。

行政手続きには、アクセシビリティテストが必要である。対象者が制度を発見できるか、必要書類を理解できるか、途中で詰まったとき復帰できるか、スマホだけで完了できるかを検証する必要がある。

金融 de-risking へ、行政負担とアクセシビリティの発想を転移する

金融機関にとって、危なそうな顧客を拒否することは安全に見える。しかし、正当な顧客を金融システムから追い出すと、その活動はより見えにくい場所へ移る。

必要なのは、カテゴリ拒否ではなく、リスクに比例した確認である。低リスク・低額・低頻度の取引には簡易確認を使い、境界事例には追加説明と回復経路を用意する。金融包摂は、リスク管理の敵ではなく一部である。

採用AI・ATSへ、研究評価批判を転移する

採用スコアは、候補者そのものを評価しているように見える。しかし実際には、候補者が履歴書や経歴データという記号へ変換された姿を評価している。

研究評価で指標の限界が問題になるのと同じように、採用でも単一スコアで足切りしてはいけない。非定型経歴を補足できる経路、人間レビュー、指標が誰を落としているかの監査が必要である。

防衛医療へ、セキュリティ運用の「非対応の記録」を転移する

防衛医療では、検査することだけが防御可能な記号になりやすい。必要なのは、検査を増やすことではなく、検査しない判断も防御可能な記号として残すことである。

なぜ検査しなかったか、どの症状なら再受診すべきか、患者と何を共有したか、どのガイドラインに基づいたかを記録する。何もしなかったのではなく、根拠を持って介入しなかったことを記号化する。

結論

形骸化は、単なる「形だけになっている」という嘆きではなく、記号化と損失、そして記号システムの振る舞いの問題として記述できる。

制度やシステムは、現実をそのまま扱えない。だから記号化する。基準、スコア、チェックリスト、供述調書、申請書類、警告、ログ、指標、模範例。これらは必要である。

しかし、記号化は損失を伴う。

問題は、損失があることではない。損失を補償しないまま、強い操作を実行することだ。

一文でまとめるなら、こうなる。

形骸化とは、記号システム Σ の振る舞い ⟦encode_Σ(x)⟧_Σ が、上位規範システム N のもとで必要な規範的振る舞い ⟦x⟧_N を十分に保存・近似・補償していないにもかかわらず、Σ 側の振る舞いだけに基づいて下流操作を実行することである。

形式化すれば、こうだ。

X       = 現実の対象・状況・行為
N       = 上位規範システム
Σ       = 下位記号システム
Rep_Σ   = Σ の記号表現空間

encode_Σ : X → Rep_Σ

⟦-⟧_N : X → B_N
⟦-⟧_Σ : Rep_Σ → B_Σ

κ_{Σ,N} : B_Σ → Approx(B_N)

形骸化 = κ_{Σ,N}(⟦encode_Σ(x)⟧_Σ) が ⟦x⟧_N を十分に保存・近似・補償していないまま op すること

形式は必要である。 記号化も必要である。 基準もスコアもチェックリストも手続きも必要である。

問題は、形式が失ったものを忘れることである。

記号は世界を扱えるようにする。 同時に、世界の一部を見えなくする。

形骸化とは、その見えなくなった部分が本当は重要だったのに、見えないまま処理を続けることである。